発達障害の内側から見た世界 名指すことと分かること

講談社選書メチエ
ハッタツショウガイノウチガワカラミタセカイナザスコトトワカルコト
  • 電子あり
発達障害の内側から見た世界 名指すことと分かること
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内容紹介

精神科医が自分を振り返り自らに「発達障害」という診断を下したとき、自分というもののあり方、他者との関係や理解はどのように見えてくるのか。
ASD(自閉症スペクトラム)、ADHD(注意欠陥多動障害)、DCD(発達性協調運動障害)などの診断名で呼ばれる「発達障害」は病気ではないし、必ずしも「障害」ではない。脳のスペックの傾向であり、そのスペックに適した環境に置かれていないがゆえの不適応と考えるほうがはるかに実態に近い。
私のスペックは、たとえば精神科医、牡羊座、A型、DCD、右利き、日本人、大学教授などさまざまに表される。しかし、その中の一つに焦点をあて人としての本質として前景化した形で周りから名指されてしまうと、その「分かられ方」は自分からは切り離され、独自の存在として扱われることになる。
物事を認識すること、人を理解することにおいて、人間の思考の営みは常になにかを捨て去り、排他的に対象を輪郭づけようとするのではないか。ゆで卵が生卵からゆで卵に変貌する臨界点はどこにあるのか。
人工的に作られた名前が必ずしも「定義」から出発しているとはかぎらず、定義もまた定義づけられた瞬間からその「過不足のなさ」は揺らぐことになる。
人を了解すること、人を説明すること、それらの間にはなにか質的な違いがあるのではないか。また自分が自分を分かるということはじつは大きな謎であり、他人のことが分かることの謎へと連続的に連なっている。
本書は、著者による発達障害の自分史を事例としてつつ、「私」あるいは「私」と他者との関係の「分かり方」を考察する。名指すことによって分かるのでなく、繰り返し語らい合い、ともに眼差すことによって「分かる」ことへと接近するだろう道筋を探って。

目次

  • 第一章 発達性協調運動障害者としての「私」史
  • 第二章 診断されるということ
  • 第三章 了解するということ
  • 第四章 了解を断念しなければならないとき
  • 第五章 事例「私」の正しい取り扱い方

製品情報

製品名 発達障害の内側から見た世界 名指すことと分かること
著者名 著:兼本 浩祐
発売日 2020年01月14日
価格 定価 : 本体1,700円(税別)
ISBN 978-4-06-518528-5
通巻番号 720
判型 四六
ページ数 224ページ
シリーズ 講談社選書メチエ

著者紹介

著:兼本 浩祐(カネモト コウスケ)

1957年生まれ。京都大学医学部卒業。現在、愛知医科大学医学部精神科学講座教授。専門は精神病理学、神経心理学。臨床てんかん学。
著書に、『なぜ私は一続きの私であるのか』(講談社選書メチエ)、『脳を通って私が生まれるとき』(日本評論社)、『心はどこまで脳なのだろうか』『てんかん学ハンドブック』『精神科医はそのときどう考えるか』(以上、医学書院)、『専門外の医師のための大人のてんかん入門』(中外医学社)、詩集『世界はもう終わるときが来たというので』『深海魚のように心気症を病みたい』『ママちゃりで僕はウルムチに』(以上、東京図書出版)などがある。

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