「日本」になる遥か前から、この列島には火山があった。いにしえよりこの土地に培われ息づいてきた想像力のあり方から、私たちの精神は何を受け取り、何を忘却しているのか。忘れてなお、何に縛られ、何から自由になりたいのか。ことばによって残された心の断片に渾身の学問的想像力で肉薄する、日本古代文学研究史上の記念碑的作品にして、無二の名著。
『火山列島の思想』は、美しく、たしかなことばで、日本の昔の人たちの心の情景を伝える書物だ。歴史は、その中に沈んだ、小さな点ひとつをとらえてみても、おおきくて広いものなのだと感じた。――荒川洋治(本書「解説」より)
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「日本」になる遥か前から、この列島には火山があった。
祭の日々に訪れ、日常を拘束しない〈非常在〉の神。著者はその祖型として〈火の山〉の流動的な生き方をとらえる。生きる土地の風土は、思想や生活態度全般の形成に根深く関わっているはずだ。こうした視点から「日本固有の神」をみなおせば、出雲神話でオオクニヌシとも呼ばれるオオナモチの神も、列島の各地に存在する火山神の共有名であったのだと気づく。そういえば、火山の国ゆえに湧き出る温泉も〈神の湯〉であった。「神の出生も、その名の由来も忘れることができる」。しかし、「マグマの教えた思想、マグマの教えた生き方は、驚くほど鞏固にこの列島に残っていったらしいのである」。
いにしえよりこの土地に培われ息づいてきた想像力のあり方から、私たちの精神は何を受け取り、何を忘却しているのか。忘れてなお、何に縛られ、何から自由になりたいのか。
画期的視点をひらいた表題作「火山列島の思想」のほか、夜と朝のはざま、すべてが一変して神が退場する夜明けの時刻から時間構造を論じる「黎明」。呪術がはらむ実用性と、実用からの逸脱として紡がれた〈ことば〉にこそ文学の起源を発見する「幻視」。生涯を童子の姿で通した人物の心の内を、数少ない資料を繋ぎあわせて見出そうと試みる「心の極北」……。
本書に収められた11篇すべてにおいて、著者は徹底してことばに寄り添い、残された文字をたよりに、かつて生きていた人々の心の断片に肉薄してゆく。その思考のうねりのなかで、古代中世の誰かのうちに、自らの断片を感じとることすらできる。日本古代文学研究史上の記念碑的作品にして、無二の名著である。
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