日本に巨大な漫画文化を築き、つねにそのトップランナーとして疾走しつづけた手塚治虫。アトム、レオ、0マン、火の鳥などのキャラクター、差別と反抗、生と死、歴史と正当性などのテーマ。苛烈な戦後空間をくぐりぬけた天才の燃える作品宇宙に迫る。
近代日本最大の知的職人――ぼくが、個人的に興味をひかれたのは、この作品の中で、創作者というものに対する手塚の考え方が提示されているとおもわれる部分だった。一つは、ベートーヴェンにむかって、モーツァルトがつぎのようにいいはなつ場面である。「新人というのは、自分で一番書きやすい作品をイソイソと持ってくる……だが、こっちからこういうものを書けというテーマを与えると、たいてい書けずに閉口する。そこがその新人の実力なんだ」あたえられたテーマがどんなものであれ、自分はすべてこなしてきたぞ、という強烈な自負。スポーツ物ならスポーツ物だけにかたまってしまう分業システムに安住しているマンガ家連中に対する痛烈な皮肉。モーツァルトの口を借りた、近代日本における最大の知的職人たる手塚ならではの発言といえないだろうか。――本書より
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