十二世紀、モンゴル高原に英雄が現れた。河西回廊を席巻し、ヨーロッパを震す大遊牧帝国が築かれてゆく。征服の野望はいつ生まれたか。伝説に埋もれたジンギス・カンの出自と死を解き、人間テムジンに迫る。 蒼い狼と白い牝鹿――蒼い狼と白い牝鹿とが天の命令でやってきたとして、その神聖化が行われていることに注目しよう。また『モンゴル秘史』の訳者村上正二氏によれば、「蒼い」(ボルテ)とは灰青色のことであり、「白い」(コアイ)とは「黄味がかった白色」のことをいい、たがいに対応する色であって、ともに聖なる色を表わすということであるから、修辞上からいっても神聖化の意図のあったことは明らかである。神聖な狼と牝鹿の間に生まれた最初の「人間」の名がバタチカンである。この聖なる初子バタチカンがモンゴル部の始祖となった。以上が第一の始祖伝説である。――本書より