江戸の上屋敷で、文武の道を怠りなく続ける青年・光国であったが、水戸家の世嗣として、生きた学問をすべく、江戸市中を微行し、さらに旗本・水野出雲守の案内で、遊廓・吉原にも通い始める。右手に盃、左手に書物という生活に徹する光国が、前関白・近衛信尋の息女・尋子を妻に迎えたのは、承応3年春、27歳のときであった。
巷説水戸黄門
水戸黄門「漫遊」考
水戸黄門異聞
山岡荘八 水戸光圀
水戸黄門 梅里記
水戸黄門 右近龍
水戸黄門 中将鷹