日本語は微妙なニュアンスと深い陰影に富んでいる。さらに日本人特有の話し方、書き方が、日本語をいっそう複雑で、むずかしいものにしている。本書は、古典から現代の歌謡曲、CMまで幅広い材料を豊富にひきながら、ことばの奥底にひそむ心理を明らかにしていく。著者ならではの鋭い指摘、軽妙で、エスプリにみちた文章、ことばに対する暖かい眼はものの見方、文化の特質まで射程におさめる。
いうな、語るな――日本で話さない方が評判がいいのは、実は男も同様である。昔中学校時代に読んだ漢文の教科書に、貝原益軒の逸事が出ていたが、どこかの渡し舟の中で、乗り合わせた1人の若造がとうとうと経書を講義するのを益軒は黙って傾聴したという話しで、その奥ゆかしさをほめたたえていた。古くは、『今昔物語』の『源頼信朝臣ノ男頼義馬盗人ヲ射殺ス語」に、源頼信の寡黙が源氏の棟梁としていかにもふさわしい人格であったかのように書かれている。明治時代には大山元帥が、近くは山本五十六が沈黙の英雄としてたたえられた。男は黙ってサッポロビール、というコマーシャルは、この精神から作られた。――本書より
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