「革命論集」既刊・関連作品一覧

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革命論集

本書は、稀代の思想家アントニオ・グラムシ(1891-1937年)が1926年11月8日、前日に成立した国家防衛法違反の容疑で逮捕・収監されるまでの時期に残した主要な論考を精選した日本独自のアンソロジーである。
グラムシがイタリア社会党に参加した翌年にあたる1914年7月、第一次世界大戦が勃発する。当初は中立を宣言していたイタリア政府はひそかにイギリス、フランスと結び、ドイツ、オーストリアとの三国同盟を破棄して1915年には参戦に至った。イタリア社会党は政府に「絶対的中立」の立場をとるよう要求したが、党機関紙『アヴァンティ!』の編集長を務めていたベニート・ムッソリーニ(1883-1945年)は「相対的中立」を主張して参戦に傾き、社会党を除名される。こうした動きの中で1914年10月末に発表された「積極的かつ能動的な中立」が、本書の冒頭を飾る論考である。
以降、労働者による工場占拠闘争に参加するなど、積極的な行動を執筆と併行して展開したグラムシは、1921年のイタリア共産党結成に際しては、コミンテルン執行委員会のイタリア代表に任命された。その後、党代表としてモスクワを訪れたグラムシには逮捕状が出されるものの、1924年には下院議員に選出されてイタリアに帰国。議員の不逮捕特権を利用してムッソリーニのファシスト政権との対立姿勢を強めたが、2年後には逮捕・収監され、20年4カ月5日間の禁固刑を受けることになる。本書の最後に収められた「南部問題のいくつかの主題」は、逮捕される1カ月前に執筆されたものだった。
その後、1934年10月に仮釈放を認められるまでのあいだに書かれた33冊に及ぶ「獄中ノート」によって、ヘゲモニー論に代表されるグラムシ独自の思想が生まれ、深化させられたことは、よく知られている。しかし、その思想が生まれる土壌となったのが逮捕以前の時期の行動と執筆だったことは疑うべくもない。
本邦初訳の論考を数多く含む本書によって、ついにグラムシという巨人の全貌を目にすることができるだろう。