「「怪異」の政治社会学」既刊・関連作品一覧

  • 電子あり
「怪異」の政治社会学

 明治維新とともに、近代化と啓蒙の波が押し寄せ、医療や教育を中心に、「非合理的」な迷信の否定や克服が徹底的におこなわれるなかで、西欧列強に追いつき追い越すことをめざす人びとの目には、近代以前の社会の人びとが、「神仏や怨霊が、さらなる凶事の前触れとして怪異を引き起こす」と考え、それに対処してきた姿は、まさに非合理的なやりかたの典型として映った。(中略)
 もちろん、このような明治時代の近代主義的な視点がさまざまな問題をはらんでいることは、今日にいたるまでに、あらゆる学問において指摘され、克服されている。しかし、こと怪異にたいする見かたにかぎれば、具体的な一つひとつの怪異はたしかに技術の進歩によって解明されてきたこと、また解明された怪異は趣味や娯楽のなかに溶けこんでいることから、現代のわれわれも、じつは明治時代の人びとと大差ない見かたをしているのではなかろうか。
 つまり、非合理的なものを「ひとかけらでも」信じるような人びとは、そのなかから取捨選択をおこなう合理性さえもちあわせず、「すべて」丸呑みしていたのだろうと思いこんでしまい、古代から近世にいたるまでの社会を、ひとしなみに「宗教や怪異を信じる=非合理的」とみなして、近現代と対比しているのではないか。
 しかし、怪異は、激動する政権中枢と、密接にかかわってきたものである。それなのに、古代から近世にいたるまでの社会が、一貫して、怪異を、まったく同じように丸呑みしてきたとみなしてよいだろうか。前近代の社会は、そんなにも静態的なものではあるまい。
 むしろ、怪異とは、それぞれの時代の特徴を、もっとも生々しく切り取る切り口のひとつなのである。それぞれの時代の社会が直面し、そして説明しきれず、恐れねばならなかった問題は、いったいなんであったのか。その問題と関連づけながら、政権中枢に向かって、怪異を「しかける」にせよ、それにたいしてシビアに「受容すべきかどうか検証する」そして「対処する」にせよ、どのような思考や実践がおこなわれたのか。……政権、寺社、社会、三者のあいだでの動きや影響力は、そうした思考や実践のなかで、さまざまに変化するのである。
 怪異を切り口にすることで、政治・経済・文化にまたがる人びとの思考を、われわれは動態的にみてゆくことができるのである。(「はじめに」より)