「四月七日の桜 戦艦「大和」と伊藤整一の最期」既刊・関連作品一覧
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司令長官として「大和」とともに沈んだ父・伊藤整一。沖縄へ出撃した特攻機で散った息子・叡。二人を追うように娘を残して逝った母・ちとせ。悲劇が立てつづけに伊藤家を襲う。しかし、伊藤が植えた桜は、今もその命日を忘れずに満開となる。新資料多数掲載。山本五十六から伊藤に宛てた書簡・色紙、アメリカ国立公文書館から戦艦「大和」から発信された無線暗号の解読資料、戦死した父・兄から家族への手紙など。
山本五十六に最も信頼された男が家族を思うとき――司令長官として「大和」とともに沈んだ父。沖縄へ出撃した特攻機で散った息子。二人を追うように娘を残して逝った母。昭和20年4月7日から翌年9月までに、悲劇が立てつづけに伊藤家を襲う。ただし、伊藤が植えた桜は、今もその命日を忘れずに満開となる。
新資料多数掲載。山本五十六から伊藤に宛てた未公開書簡・色紙、アメリカ国立公文書館から戦艦「大和」から発信された無線暗号の解読資料、戦死した父・兄から家族への手紙など。
海軍大将・伊藤整一は、沖縄へ向かう際、撃沈された戦艦「大和」を率いる司令長官として、艦とともに海に没した知米派軍人として知られる。ちなみに映画『男たちの大和』では、渡哲也が演じた。伊藤を描いた書籍としては、これまで「大和」に乗艦し一命をとりとめた作家・吉田満の『提督伊藤整一の生涯』があが、本書は、伊藤の家族愛、その独断により若者たち多数の命を救った面を中心に焦点をあてる。
昭和16年9月、開戦が不可避となったとき、伊藤は山本五十六ら知米派の期待を受け、作戦の意思決定機関・軍令部のナンバー2次長につく。しかし、おのれの考えと逆に海軍は破滅への道を突き進む。異例の3年4ヵ月次長の職にあった伊藤は、日本の敗戦を意識し、死に場所を求め「大和」と共に前線に立つ。その死は、4月7日だった。
父の影響から海軍士官学校へ進み、飛行兵となった息子・叡も、「大和」出撃時に上空から援護する部隊に属していたが、その沈没後、4月27日に沖縄への特攻で命を落とす。5月には東京大空襲で伊藤家が全焼する。そしてその後には、母にも悲劇が待ちうけて・・・