1945年、8月6日の広島。それは、現在の近代的なビルが建ちならぶ街からは想像もつかない光景だった。ビルがくずれたがれきや、民家の焼けあとのあいだを、水をもとめてさまよい歩く人や、動けなくなって地面に横たわる人のすがたがあった。ビルも、家も、木も、橋も、そして人々も、みんな、一瞬の光とともにかわりはてたすがたになった。それでも、人々の手によってのこされてきた原爆ドームが、被爆50周年のいま、わたしたちに語りかけるメッセージ。