わが歌よ、死者の打つ木魂のように空を走れ!
ムササビ飛び交い、魑魅(すだま)ざわめく夜。かすかな風がそよぎ、杉木立ちに木洩れ日の射す昼。古代、そして中世の古俗・伝承に色濃く隈取られた霊異の地・吉野に生まれ育ち、暮らし続ける現代短歌界の巨匠が、静かな生活の中で、四季の移ろい、花鳥の奥に山河慟哭の声を聴く。現代文明の中で見失った人間の魂を呼び覚ます山住みの思想と、詩心溢れる好随筆集。――いったい人間存在のゆたかさとは何であろうか。
長谷川郁夫
現代詩の亡命者は新たな杣人として、山の暮らしの語り部となった。血塗られた歴史の深い闇、魑魅(すだま)たちが跋扈する音のない世界、常なる「奈落」の声を伝えるのである。“知る”とは、机上の作業ではなく、自らを森羅万象と同化させることだった。地霊、祖霊との交信者を魂の詩人(=錬金術師)と呼ぶなら、その意味で、シャーマンになったのだ、といいかえてもよい。吉野の地との黙契が生じた。――<「解説」より>
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