モーツァルトくらい、孤独と華麗、激情と蕩揺のあいだの距離の大きい音楽家はいなかった――。小林秀雄、河上徹太郎等、日本人のモーツァルト受容史を精緻に跡づけつつ、幼少期から今日迄その音楽を鍾愛し、聴き抜いたモーツァルティアン高橋英夫が、耳と心を研ぎ澄まし、変幻するモーツァルト像に迫る表題作に、「音楽的貴種流離譚」等モーツァルトをめぐるエッセイ14篇を加え新編とする。
天才の「深淵」と「謎」に迫る白熱の論考。
モーツァルトくらい、孤独と華麗、激情と蕩揺のあいだの距離の大きい音楽家はいなかった――。小林秀雄、河上徹太郎等、日本人のモーツァルト受容史を精緻に跡づけつつ、幼少期から今日迄その音楽を鍾愛し、聴き抜いたモーツァルティアン高橋英夫が、耳と心を研ぎ澄まし、変幻するモーツァルト像に迫る表題作に、「音楽的貴種流離譚」等モーツァルトをめぐるエッセイ14篇を加え新編とする。
清水徹
小林秀雄の世代におけるモーツァルト受容をつらぬく、「≪ファゴット・コンチェルト≫から≪ハ長調ミサ≫をへて≪フィガロ≫の<愛の神様>にいたる線もまた、モーツァルトそのものの形をしており、彼の≪やさしさ≫の位相を純粋に辿りうる秘められた小径になっているのではないか」――こんなふうに音型相似性(アンテルテクスチュアリテ)を聴きわけることができるのは、小林秀雄の世代の作品に親しみ、そしてモーツァルトを詳しく聴きこんでいる高橋英夫を擱いて他にないだろう。――<「解説」より>
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