「日本探偵小説中興の祖」と称される著者の描く異色の法廷ミステリー
江戸川乱歩が「日本探偵小説中興の祖」の1人として名を挙げる文豪・佐藤春夫の描いた異色の「法廷ミステリー」。1928年7月、ウィーン郊外で起こった女性殺害事件――グスタフ・バウアー事件の裁判を、「述べて作らぬ」という<纂述>の形を借りながらも、人間心理の深奥に迫るドラマへと昇華した冒険作。被告、検事、弁護士、そして様々な証人たちの手に汗を握る虚実のかけひきの末に出された判決は……。
横井司
バウアーが犯人かどうかよりも、バウアーという個人が審理を通して抽象化されていく過程を、いわず語らずのうちに浮かび上がらせているかのようだ。(略)探偵小説の愛読者は多くの作品に接するうちに、作り物であることに飽き足らなくなり、犯罪実話へと関心を向けると、かつてよくいわれたものだった。その当否は別にして、犯罪実話が必ずしも血の通った人間を現出させるばかりではなく、権力による冷徹な犯罪(者)処理システムを暴露していくものでもあり、時として作りもののキャラクター以上に人間性を剥奪されるありさまを見せつけるというのも、皮肉な話ではないだろうか。――<「解説」より>
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