西洋の歴史・文化を理解するカギとして、キリスト教精神のもつ重さはあまりにも大きい。本書は、キリスト教を知るための基点の書として、聖書の成り立ちから、人間キリストの愛と苦悩、キリスト教精神の本質とその歴史的軌跡までを解き明かした。知識から共感へ、さらに混迷の中から生の支柱を索める現代人にとって、意義深い〈1冊の書〉である。
人間キリストの苦悩――イエスがエルサレムに行ったとき、学者、パリサイびとが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきたと、「ヨハネによる福音書」は書いています。「師よ、〈中略〉モーゼは律法に、かかる者を石にて撃つべきことをわれらに命じたるが、汝はいかに言うか」〈ヨハネ・8章〉。イエスは身をかがめて、指で地になにかを書いていた。人びとがさらに問い詰めると、イエスは身を起こし、「汝らのうち、罪なき者まず石を彼女に投げよ」と言い、ふたたび身をかがめて、指で地にものを書いたといいます。この描写は美しい。指で地にものを書くということが、ユダヤ教のなんらかの習慣になり、旧約伝承なりを暗示するのかどうか、じつはいまのところわかってはいません。ここでは、イエスの困惑と苦痛とを、察すれば足りるのです。ここの箇所は福音書のなかでも、生きた人間としてのイエスを、もっともあざやかに感じさせる叙述の1つでしょう。――本書より
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