「必ず、愛は勝つ! 車いすサッカー監督 羽中田昌の挑戦」既刊・関連作品一覧
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小学生の頃から全国レベルで活躍した少年は、1983年1月のサッカー全国高校選手権で圧倒的な存在感を示し、人気漫画「オフサイド」のモデルとなった。だが、その8ヵ月後、事故で下半身不随になり、欧州でプロになるという夢を奪われてしまう。どん底まで突き落とされた彼を絶望の淵から立ち上がらせ、世界初の車いすのプロサッカー監督にしたのは、おおらかで強靭な愛の力だった。
●1974年、甲府に生まれた10歳の少年が、日本で初めて生中継されたW決勝を観て、J・クライフに憧れ、サッカーに夢中に。●小学校時代から全国レベルの大会で活躍し、中学3年生でU19代表合宿に召集。●全国高校選手権では、ケガや病気を抱えながら、3年連続国立の舞台に立ち、1年3位、2年3年2位となった韮崎高校の主要メンバーとして活躍。●1983年、19歳の夏、バイクの単独事故で下半身不随に。●数度に渡る手術、リハビリを経て、山梨県庁へ就職。高校時代の同級生と結婚。●1993年、Jリーグ開幕の年に、指導者を志し、県庁を退職し、バルセロナに移住。●2000年、帰国し、サッカー解説者として生活しながら、S級ライセンス取得を目指す。●2007年、世界で初の車いすのプロサッカー監督となる。
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