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教育の力

「ゆとり」か「詰め込み」か、「平等」か「競争」かなど、教育を巡る議論ほどに対立と齟齬が起こっている問題はないと言っても過言ではありません。しかしそれらは、論者の個人的な感想や、思い込みによる独りよがりである場合がほとんどです。みんなが善意と熱意を持って教育を論じるのだけれど、ある種、独りよがりな「思い入れ」や「思い込み」が先走ってしまい、不毛な対立が至るところで引き起こされてしまっている・・・それが、教育を巡る言説の現実ではないでしょうか。しかし、この種の「対立」は、冷静に考えてみれば錯覚であることが少なくありません。「ゆとり」か「詰め込み」か、と二項対立で問われると、人はつい、どちらかの立場に与してしまいます。しかし実は、それは「問い方のマジック」に陥っているだけなのです。こういった、偽の問題による不毛な対立を避けた、本当に意義のある教育を巡る議論が、いまこそ必要とされているのではないでしょうか。こうした混乱に終止符を打つためには、教育、とりわけ公教育はそもそも何のために必要なのかを、まず定義しなければなりません。著者の考えによるなら、それは一人一人の子供が近代社会のルールを身につけ、その中でより自由に生きられるようになること、ということになります。個々の子供の自由の感度こそが社会に対する信頼の土台となり、みんなでよりよい社会を作るという、真の意味での市民参加型の民主主義社会の礎となるのです。では、どうすればそのような<よい>教育を作ることができるのでしょうか。著者の提案は様々ですが、その一つは、一方的に教師の授業を聞くという受け身の授業を改め、子供たちがある一つのテーマに関して自ら調べ、お互いに教え合う、授業の「プロジェクト化」です。日本ではあまりなじみのない方法ですが、すでにフィンランドやオランダなどでは成果を上げたメソッドです。競争よりも協力の方がそれぞれの子供の学力を上げることは、すでに様々なデータで証明されています。<よい>教育をつくるためには学校の物理的な「構造」はどうなっているのがいいのか?<よい>教育を行うための教師の資質とは何か?そしてその実現のための<よい>社会とは?本書は、義務教育を中心に、どのような教育が本当に<よい>と言えるのか、それはどのようにすれば実現できるのかを原理的に解明し、その上でその実現への筋道を具体的に示してゆくものです。