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球童 伊良部秀輝伝

球速最高記録達成、大リーグ移籍をめぐる大騒動、アジア人初のチャンピオンリング獲得、2度の逮捕歴、複雑な家庭環境、そして突然の死・・・。伊良部秀輝は、多くの人とぶつかり、誤解されながらも、野球を深く愛し、自分を認めてくれる場を求め続けた。死の直前に伊良部にインタビューをした著者は、伊良部の日米の知人たち、さらにはメディアに登場したことがない実父を訪ねる。誰も知らなかった伊良部秀輝の姿が、ここにある。


2011年7月、伊良部秀輝はロサンゼルスの自宅で自ら命を絶った。享年42。
日米両国の野球界で活躍した右腕が残した成績は106勝104敗に過ぎない。しかし、その数字では語ることができない記憶に残る投手だった。158キロの日本球界最速記録達成、大リーグ移籍をめぐる大騒動、アジア人初のチャンピオンリング獲得(ワールドシリーズ制覇)、2度の逮捕歴、複雑な家庭環境、突然の死・・。
沖縄県コザ(現在の沖縄市)に生まれた伊良部は、尼崎で少年時代を過ごし、野球の才能を認められ、香川尽誠学園にスカウトされる。87年のドラフト会議でロッテに1位指名を受けて入団。94年には最多勝、最多奪三振のタイトルを獲得し、その実績を引っさげヤンキース入り、98年にはチームの世界一に貢献した。2003年には日本球界復帰、阪神タイガース入りしてチームをリーグ優勝に導く。05年に一度は引退し、ロサンゼルスでうどん屋経営に乗り出すが、09年から米独立リーグ、四国・九州アイランドリーグで再びプレーする。そして10年1月に引退を表明した。
伊良部は、多くの人とぶつかり、誤解されながらも、野球を深く愛し、活躍の場、自分を認めてくれる場を求め続けた。それはコザ、尼崎、善通寺、千葉、ロス、ニューヨーク、大阪、高知と、日米各地をめぐる長い旅でもあった。
死の直前に伊良部本人にロングインタビューをした著者は、伊良部秀輝の歩いた日米の土地を歩き、知人たち、さらにはメディアの取材に登場したことがない実父を訪ねる。いままで誰も知らなかった「伊良部秀輝」の姿が、ここにある。

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2014年度 ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞! (2015/3/4)
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