中村武羅夫が文壇に名を売り出すきっかけになったのは雑誌『新潮』に明治41年(1908)からほぼ毎月発表した「作家訪問記」でした。今日風にいえば「直撃取材」し、そこで得た個人的印象、いわば「独断と偏見」を臆面もなく堂々と記したことで、読者の反響を呼び起こしたのです。 本書はその連載を書籍化したもので、版元を変えながら刊行されつづけた隠れたベストセラーであり、明治の文壇を知る好資料です
中村武羅夫が文壇に名を売り出すきっかけになったのは雑誌『新潮』に明治41年(1908)からほぼ毎月発表した「作家訪問記」でした。今日風にいえば「直撃取材」し、そこで得た個人的印象、いわば「独断と偏見」を臆面もなく、好悪まる出しで堂々と記したことで、読者の大反響を呼び起こしたのです。俎上にあがったのは以下の文士たち。田山花袋/国木田独歩/生田葵山/夏目漱石/菊池幽芳/小川未明/小杉天外/内藤鳴雪 /徳田秋声/水野葉舟/島村抱月/後藤宙外/徳富蘇峰/島崎藤村/小栗風葉/大町桂月/吉江孤雁/内田魯庵/与謝野晶子/泉鏡花/徳田[近松]秋江/小山内薫/正宗白鳥/蒲原有明/戸川秋骨/柳川春葉/片上天弦/三島霜川
たとえば漱石はこうです。「余は日本室へ通されたのだ。両方の書斎に大きな本箱が並んで、中にはクロース金文字入りの本が一ぱい詰って、ピカピカして眩しいぐらいだ。道具なども好いもので、ことにその机は何という木か知らないが、黒いつやつやして重そうな木である。さすがは文壇の大家たる夏目漱石先生の書斎だけあると、実際つくづく感服してしまった。余のこれまで訪問した文壇の大家で、漱石氏ぐらい立派な家に立派な道具を使っている人はない。とにかく偉いものである。座蒲団なども絹で、綿がぼこぼこと入っている。座ると尻が辷りそうである。(中略)中肉中背で年は四十五六ぐらいであろう。顔は丸からず長からず、二重瞼で、目がいちばん好い。濃い口髯がある。(中略)声には艶も調子もなく、ちょうど蜘蛛の尻から糸が繰り出されるような調子で、いうことに行き詰ったり、つかえたりするようなことはなく、ずるずるとまことに都合よく辷り出る。至って話が聞きやすい。口は早くもなく遅くもない。(中略)おそろしく話の上手な人である。接してみて実に感じが好い。といってなにもお世辞が好かったり、愛嬌があるというのではない。むしろ、不愛想である。もし漱石氏のような人が愛嬌なぞ振りまこうものなら、それこそ、不自然の極、厭みがあって虫ずが走る。お世辞も言わず、愛嬌もなくして、それで接した感じが好いのだから妙だ」
今日からみても、当時の空気や文士の人となりを生き生きと伝えて興味深く、また貴重なものです。
本書はその連載を書籍化したもので、版元を変えながら刊行されつづけた隠れたベストセラーであり、明治の文壇を知る好資料です
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