精神の自画像、いのちのうつわ。
清澄な抒情を湛えた文学世界の秘密を明かす。戦後生まれの本格派・宮本輝の自伝的エッセイ。
父は事業に失敗して、殆ど家に寄りつかなくなり、よその女のもとで暮らすようになった。父は見るたびに憔悴し老いていった。……父がたまに家に帰ってくると、私は何やかやと口実を作って表に出て行き、出来るだけ顔を合わさないようにした。そんな私を、父はある哀しさの漂う目で見つめた。いま、私はときおり押さえがたい悔恨とともに、そのときの父の目を思い出す。……父との思い出はさまざまなものが複雑にもつれ合って、ひとことで言い表わすことなど出来はしないのだが、私を溺愛し、どんな人間でもいい、ただ大きくなって欲しいと念じつづけてくれた人がこの世にあったということを、筆舌に尽くしがたい感謝の念で思い起こすのである。――(「父がくれたもの」より)
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