偉大なるローマを引き継ぎ、古代から中世を生き抜いた帝国ビザンティン。イコンに彩られた聖ソフィア教会、百万都市コンスタンティノープル……。興亡はげしい文明の十字路に君臨した大交易国家の「奇跡の一千年」を鮮かに描き出す。
「市民」という名の役人――ビザンティン帝国では、都コンスタンティノープルの宮殿において皇帝の即位式が行われる時、「デーモス」と呼ばれる人々が「ローマ人の皇帝万歳」を唱えることになっていた。デーモスとは市民とか民衆という意味のギリシア語である……。これはいうまでもなく、皇帝は市民のなかの第一人者である、というローマ古来の理念を受け継いでいたのである。ローマの伝統を受け継ぐビザンティン帝国ということ、それ自体には取り立てて不思議はない。この国の特異な性格はその先にある。「デーモス長」は皇帝直属の高級官僚であり、「デーモス」もまた国家から給料を得ている下級役人であった……。のちにみるようにビザンティン皇帝は、ローマ皇帝とは異なり絶対的な権力者であった。それにもかかわらず、建前としての「市民の第一人者」を維持するために、わざわざ宮廷に「市民」を雇い、その歓呼によって即位するという形をとったのである。「市民」という名の役人を雇っている国家、ビザンティン帝国とは実に奇妙な国家であったといわねばならない。――本書より
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