孟嘗君(3)

著:宮城谷 昌光
定価:1,708円(本体1,553円)

三国志を超える男と女の人物造型
うねる中国、男女の機微盛衰。天才兵略家孫びん(そんびん)、美貌の宰相鄒忌(すうき)、名将ほう涓(ほうけん)さらに白圭ら、若き田文をつき動かす傑出した人間達

前方に大樹がみえた。梢のかたちはまだみえるのだが、枝は闇に融けはじめている。──妙な木だな。ほう涓は目を細くした。木が白い。かれは馬の速度をゆるめ、大樹に近づいた。字が書かれているようである。ほかの騎馬が炬火をともすまえに、ほう涓は鑚木をとりだして、火をつくった。その火をたかだかとあげ、「ほう涓はこの樹の──」と、読んだところで、斉軍の1万の弩から矢がはなたれた。山が吼えた、とほう涓にはきこえた。それが斉兵の喚叫であることを知ったほう涓は、地にすわったまま、おもむろに剣をぬき、「ついに豎子(じゅし)の名を成さしめたな」と、闇のなかでこちらをみつめているにちがいない孫びんを豎子とあざけり、みずからをもあざけって、その剣で首を剄(き)った。──馬陵の戦い

孟嘗君(3)

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