「一日 夢の柵」既刊・関連作品一覧

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一日 夢の柵

生々しい奇妙な現実
人が暮らしてゆくという

日常の内奥に差す光と闇を見つめ、生きることの本質と豊穣を描き切る、傑作小説集。

どこかの広場を2階か3階の窓からでも俯瞰した様子の写真を彼は指差した。曇った午後なのか夕暮れ近くか、沈んだ色調の中を幾人もの人が半ば風に化して流れている。足は映るんですよ。言われて初めて気がついた。どの人も靴のあたりだけははっきり形が見えた。身体の無い生温かな足が敷石の上を一斉に歩いている。そうか、足は残るんだ。思わず膝を叩く気分に見舞われた。一歩踏んでから、身体が前に出る間も足はまだ地面についているんです。長身をやおら動かして彼は歩く身振りを大仰に再現してみせた。いかにも靴だけが後ろに残る動作だった。その時、人間はどこに居るんだろうか。どこに居るんでしょう……。――<「一日」より>

第59回野間文芸賞受賞