<物語>と<私>のあいだ
『オヨヨ島の冒険』に始まる笑いと諷刺の作品群、『冬の神話』に刻まれる小林信彦の原点、多彩な作品は著者の鋭い批評精神に支えられ、独得の世界を構築する。敗戦直後の日常を、東京下町に生まれ育った中学生の<眼>をとおし捉えた「八月の視野」、戦前の下町の風情を彷彿させる遊び人・清さんを主人公に描く「みずすましの街」、ほかに表題作及び「家の旗」。著者自選。傑作中篇小説4篇。
小林信彦
私小説はきらいではないが、書くのは向かないと思っていた。30代に入り、小説を日常的に書くようになると、そうも言っていられないようになった。日本の<文壇>というのは、逆に、<作者の告白=私小説>を要求しているらしい、とわかってきた。もちろん、それは古めかしい私小説ではなく、<私の内面のとめどない追究>といったものだが、ぼくの好みとはまったく違っていた。そこで、というか、やむをえず、というか、とりあえず、<物語>と<私>をくっつけてしまおうと考えた。それが「丘の一族」である。――<「著者から読者へ」より>
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