「月給百円」サラリーマン
昭和ヒトケタの日常
向田邦子の少女時代はどんな暮らしだったか?
おじさんたちはいまと同様、銀座や新橋で酔っぱらっては「いまの若者はだめだ」と説教していた。講義をさぼって試験前にノートの“写本”を手に入れて乗り切る大学生は70年前から存在し、名門中学のお受験は過熱していた。テレビは実験段階まできており、戦争がなければ家電時代の到来はもっと早かったといわれている。いまと意味合いは違うが、「援助交際」も「サラ金」も存在した。圧倒的多くの人々はいまと同様生活に追われており、「愛国」より「月給」、「思想」より「就職」だった。――<本文より>
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