原発と日本はこうなる 南に向かうべきか、そこに住み続けるべきか

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原発と日本はこうなる 南に向かうべきか、そこに住み続けるべきか
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内容紹介

 東日本大震災のあと、テレビも新聞も原発族議員も、すべて東京電力擁護に動くなか、ブログを発信地にネット上から世論を変え、反原発の流れを作った著者――15年間に及ぶ「原子力マフィア」との闘いの全てを記録し、近未来の日本国の姿を予言する。 ――勝つのは原発族か、それとも新エネルギー運動か? 福島原発事故で日本の20年後はどうなる!? 家族と財産を守るため、全日本人必読の書!!


 東日本大震災のあと、テレビも新聞も原発族議員も、すべて東京電力擁護に動くなか、ブログを発信地にネット上から世論を変え、反原発の流れを作った著者――15年間に及ぶ「原子力マフィア」との闘いの全てを記録し、近未来の日本国の姿を予言する。
 ――勝つのは原発族か、それとも新エネルギー運動か? 福島原発事故で日本の20年後はどうなる!?
 3.11――東日本大震災。福島原発事故の惨状を画面いっぱいに映しながらもテレビでは、「放射能のレベルは低い、胸部レントゲンに比べても……」などと、大広告主たる東京電力の意向をそのまま伝えていた。「このままでは日本は壊滅する」そう考えて、ブログで世論の行方を大きく変えたのが著者。その後、CNNを筆頭にマンガも含めた多くのメディアから取材を受けたが、初当選の頃から原発の危険性に警鐘を鳴らしてきた。そのため自民党では、「党是と違うことを唱えるなら離党しろ」といじめられる。しかし、その「いじめ」があったために、数々の法律の中に、日本の政治を縛るお決まりの条文、すなわち「放射性物質による汚染については適用しない」というものを発見、本書で克明に指摘している。原発事故直後の政府の舞台裏のドタバタぶりも克明に記されており、これだけでも究極のインサイドストーリー!

目次

  • 原発事故の裏で/「今度もまたモニタリングポストの数字が消えた」/SPEEDIの存在を海外メディアに知らせた内部告発/計画停電が不要だった証拠/「原子力村」の狂気/一五分間も続いた臨界/アメリカ人技術者の内部告発/「原子力村」に蠢く住人/原発の利益が火力発電の四倍になるカラクリ/電力会社の社債が高格付けである理由/原発の地元町長の実弟が経営する会社の受注額/原子力委員会のとんでもない決定/電力族が送発電の一体化を確保した条文/経産省・資源エネルギー庁の暴走の末に/天下りを許す民主党政権下での「裏下り」とは/天下りで「法律を無視しますよ」といった菅内閣/電力会社への天下りの数でわかる利権の大きさ/数限りなく天下り先をつくる経産省の「魔法の杖」/原子力利権の海外展開を図る民主党原子力議員/津波の高さを評価したメンバーの背景/放射性物質と汚染物を除外する数々の法律/朝日新聞へのPR広告で読売と毎日は/原子力大綱策定会議に産経新聞論説委員長が/事故後に安全ばかりを強調した学者の背後に/北朝鮮よりも日本のプルトニウムが世界の問題/六ヶ所村は核のゴミ捨て場なのか/高速増殖炉の実用化は半世紀先/「もんじゅ」で一兆円が無駄になるのか/使用済核燃料プールがあふれる時期/英仏両国にあるプルトニウムの保管料も電気代に/「一九兆円の請求書」とは何か/国会で堂々と嘘をついた資源エネルギー庁長官/放射性廃棄物の最終処分はロケットで宇宙に?/再生可能エネルギーで電気はすべてまかなえる/経産省・電力会社・族議員が再生エネルギーの妨害を/白旗を上げた経産省/東電副社長だった元参院議員の介入/国際原子力開発株式会社の怪/ヨルダンには適さない原発を輸出するのか/世界でも群を抜く日本の地熱資源量/地熱用蒸気タービンの世界シェアは約七割/温泉から捨てられるお湯だけで七〇万kwも/風力で世界の電力需要の四〇倍が/二〇五〇年に電力の一五パーセント以上を風力で/風力が電気の一五パーセントに達するスペイン/風力発電の素材や部品で活躍する日本企業/五〇〇億kWhの電力が一年間に太陽光で/日本の太陽光発電がトップの座を失った理由/最も多く雇用を創出する太陽光発電/太陽熱も利用して電力需要の削減を/小水力発電の資源量は原発一四基分/バイオマス発電からの二酸化炭素の性質/世界のエネルギー問題解決のために日本の技術を

製品情報

製品名 原発と日本はこうなる 南に向かうべきか、そこに住み続けるべきか
著者名 著:河野 太郎
発売日 2011年11月19日
価格 定価 : 本体1,200円(税別)
ISBN 978-4-06-217438-1
判型 四六
ページ数 258ページ

著者紹介

著:河野 太郎(コウノ タロウ)

 一九六三年、神奈川県生まれ。衆議院議員。一九八一年、慶応大学 経済学部入学。一九八二年、ジョージタウン大学入学比較政治学専攻。一九八三年、カリフォルニア州選出クランストン上院議員(民主党)の大統領選対に参加。一九八四年、アラバマ州選出シェルビー下院議員(民主党)議会事務所でアシスタントをつとめ、同年、ポーランド中央計画統計大学留学。 一九八五年、ジョージタウン大学卒業。一九八六年、富士ゼロックス株式会社入社。一九九一年、富士ゼロックスアジアパシフィック設立と同時にシンガポール赴任。一九九三年、日本端子株式会社入社。一九九六年、第四一回衆議院総選挙で初当選、。二〇〇二年、総務大臣政務官に就任、同年、生体肝移植のドナーとなり父・河野洋平(元衆議院議長)に肝臓を移植する。二〇〇四年、議員立法で消費者基本法案、特定船舶入港禁止法案を成立させ、同年、第九代自民党神奈川県連会長に就任。二〇〇五年、 議員立法で臓器移植法改正案を成立させる。同年、法務副大臣に就任。二〇〇八年、衆議院外務委員長就任。二〇〇九年、自由民主党総裁選挙で次点。著書に、『私が自民党を立て直す』『決断 河野父子の生体肝移植』。