講談社100周年記念企画 この1冊!:『妖精王の月』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

69冊目

『妖精王の月』

著者:O.R.メリング 翻訳者: 井辻朱美

川崎萌美
児童図書第一出版部 23歳 女

虚構の力

書籍表紙

『妖精王の月』
著者:O.R.メリング
翻訳者:井辻朱美
発行年月日:1995/02/20

「そなたの答えがノーでも、彼女の答えはイエスだ。わたしは〈人質の墳墓〉から花嫁を連れていく」

 はじめまして、念願かなって児童局に配属されました新人です。

 部署に配属されて、発見がひとつ。

「どんな作家が好きなの?」と尋ねられ、「外国の作家ならミヒャエル・エンデにO.R.メリング……、日本の作家なら……」つらつらと名前を挙げていったら、「根っからのファンタジー好きなんだね」と言われました。

 無自覚だったんですが、言われてみればその通り。子どもの頃、夢中になってむさぼり読んだのは、ファンタジーでした。

『妖精王の月』の主人公、フィンダファーとグウェンもファンタジーが好きな女の子です。別世界を夢見て、そこへ通じる扉や通路を探していたふたりは、ケルトの文化が息づくアイルランドの地、タラで、墳墓に眠るという禁忌を犯します。
 その代償が、冒頭の妖精王の言葉。
 フィンダファーは妖精王に連れ去られます。グウェンを残して。

 目の前に、自分の焦がれたもの、夢だったものが現れたとき、人はどんな反応をするのでしょう。
 奔放で本能のままに生きるアイルランド人のフィンダファーは、妖精王の誘いに心の底からイエスと答えます。しかし、彼女のいとこであるグウェンは、惑ってしまいます。そして気づくのです。本気では、ファンタジーの世界を信じてはいなかったことに。
 ぽっちゃりとした、現実主義のカナダ人は、それでもいとこを取り戻すために、妖精の仕掛けたゲームに挑んでいきます。
 対するのは、美しくも荒々しい存在。妖精たちは、人よりも自然に似て、好き勝手に笑いさざめきながら、ただひたすらに楽しむことだけを求めています。人に手を出すのも、不死ゆえの退屈をまぎらわすためで、その結果が人にもたらすものなど、まるで気にかけないのです。それでも人智を超えた存在に、人は惹かれてしまいます。いやおうなしに。

 O.R.メリングの描く虚構の世界は、本当に魅力的です。
 虚構は、言ってしまえばつくりごと、嘘なのですが、だからこそ夢中になれる気がします。
 現実には、当然ながら嫌なこともあります。自分にはどうしようもないことで、全くわけの分からぬまま、結果だけを顔面に打ちつけられることもあります。
 ファンタジーはそれに対する特効薬ではありませんが、現実から半歩、宙に浮かせてくれる力があるように思います。そして再び現実に降り立ったとき、別の見方や、次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれるような気がします。

 東日本大震災以後、まだ混乱の中にありますが、こんな時だからこそ、現実に立ち向かうために、この幻想的で美しいファンタジーの世界で、一休みされてはいかがでしょうか。

(2011.07.01)

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