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『プールの底に眠る』白河三兎|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『プールの底に眠る』

白河三兎 (しらかわみと)

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本作『プールの底に眠る』にて第42回メフィスト賞を受賞しデビュー。 現在第二作を執筆中。

 私の本名はこの国に溢れている。上も下も日本人には馴染みのある名だ。同姓同名の人にこれまで四人出会ったことがある。新聞やテレビでも時折り見かける。「どうして私に平凡な名前を付けたの?」

 十歳の時、父にクレームを付けた。

「名前なんて記号に過ぎない」と父は答えた。「かぶらなければなんだっていいから、日本人らしい名前にした」

 自分の訴えが不当だったと気付いた。すっかり忘れていたのだ。今は当たり前のように日本で暮らしているけれど、私はとある国のど田舎で産声を上げたのだった。

 近所に日本人は住んでいなかったから、私の名前はとても珍しがられたそうだ。私は覚えていないのだが、向こうでは私の名は発音し難くて両親が私の名を人に教えても、一度では聞き取ってもらえなかった。

 日本に戻るとは思ってもみなかった父が私に捻りのない名前を与えたのは仕方ないことだったのだ。先見の明がなかった父を責めるのはお門違いだ。父は子供の安全を考えて帰国を決意したのだから。

 今はどうなのか知らないが、当時その国は治安が悪かった。父の自慢話によると、強盗に七回(うち三回は値切った)、バスジャックに二回遭い、車を二台盗まれたそうだ。ただ、父は話す度に違う数を言うので、これは平均値である。

 そんないい加減な父の影響で私も名前に無頓着である。作中のキャラに名付ける時も適当この上ない。筆名も記号に過ぎないからなんでもよかった。

 担当編集者さんが「筆名は一生の問題なので真剣に考えて下さい」と親身になって言ってくれても、心には響かなかった。

 私と同姓同名の人には、社長や看護師や犯罪者や事故死者などがいる。十人十色の人生を送っているのだ。だから名前で人生は決まらないと私は真剣に考えている。

 この場を借りて、担当編集者さんに謝らせて頂きます。今一つ真剣さが足りなくて申し訳ありませんでした。

 私なりに「これも仕事」と割り切ってみたつもりでしたが、筆名決定が難航したのは私の不徳の致すところです。

 そして感謝の弁も。ありがとうございました。担当編集者さんの助言により、なんとかそれらしい筆名に仕上げられました。『白河三兎』うん。まずまずの出来。

 ちなみに、私は兎があまり好きではありません。

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