兵士は戦場で獣と化す。 私もその獣の1匹であった。
1940年から敗戦までの、一兵卒としての中国従軍体験は、皇軍、聖戦という理念の虚妄を教え、兵士たちの犯す様々な罪業、あらゆる惨苦を嘗める現地の人々の姿を透徹した眼差しでとらえることを強いた。人間の持つ深い闇に錘鉛を下ろす戦争文学の数々は厭戦的であり、また戦後の一時代を画した肉体文学は、敗戦後の混乱する社会をも戦場の延長とみなすことで誕生する。田村泰次郎の戦争をめぐる名作を精選。
秦昌弘
省みれば、「肉体の悪魔」の「私」が、敵である中国共産軍の女兵士と愛欲に陥ったのは、正常な状況にはない性にこそ、より強い生の証を得られるからではなかったのか。それは、「失われた男」で伊丹や太田が占領地区とはいえ、いつ敵の反撃があるかも知れないというなかで繰り返していた強姦と一脈通じるものがある。その意味で、「肉体の悪魔」は、歪んだ感覚をもってしまった兵隊を描く田村の戦争小説の原型ともいえる作品であったのである。――<「解説」より>
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